【参加報告】北の鉄路を考える
■と き:8月20日(土)13:30~15:30
■ところ:かでる2.7 710会議室
■主 催:NPO法人ぐるーぽ・ぴの
鉄道の研究でも著名な政治学者・原武史氏が、北の鉄路ならではの魅力やその可能性について講演され、参加者約40名が熱い語り口に聞き入りました。
問題提起として、講演前日に函館本線の長万部~小樽間(通称:山線)に乗車した時の様子を踏まえ、「親子連れや老夫婦など、鉄道ファンとは異なる人たちも大勢乗り通し立席も多くて大変驚いた。長大トンネル等がない明治時代の線形は北海道らしい景色が堪能できるが、新型車両は座席も少なく景色を楽しませるような発想はないのではないか。また、倶知安駅は既に在来線を脇に追いやっているホームの配置に憤りさえ感じた。」新幹線開業で並行在来線が廃止になったのは信越本線の横川-軽井沢間しかなく、140.2kmもある並行在来線が廃止となるのはむしろ例外であることから、数々の文学作品にも登場した山線を「安易に廃止と結論付けてよいのか」と疑問を投げかけられました。
また、2019年に廃止された石勝線の夕張支線(16.1km)のバス転換は、地域内移動の利便性は向上したものの、東日本大震災後の三陸鉄道等を引き合いに、バスでは域外から人を呼び込むことが難しく、決して「成功とは言えない」と断じられました。
一方、只見線(会津若松-小出)で豪雨災害により不通になっていた福島県内の一部区間を上下分離方式により2022年10月に復旧する背景を紹介。JR東日本屈指の大赤字路線を福島県と沿線自治体がタッグを組み鉄道による復旧を強力に推し進めたことや、郷土写真家の星賢孝氏が同線と並行する只見川の四季折々の幻想的な風景を写し、世界中に写真が拡散してからは「世界一ロマンチックな鉄道」として非常に多くのインバウンド客を招き入れたことを復旧要因のひとつにあげられ、「すぐ廃止しようとする北海道との違いは一体何なのか」と疑問を投げかけられました。
最後に、世界中で鉄道復権が進み、国内でも近江鉄道(滋賀県)がバス転換よりもコストがかからないとの分析結果を踏まえて上下分離方式で鉄道を存続するなどの動きを踏まえ、赤字か黒字かだけの経済合理性で鉄道の価値を判断するのはいかがなものかと唱えられました。特に、昨今の地球温暖化で北海道の魅力が高まることが見込まれ、地域住民以外が広く利用できる公共交通機関の整備が必要不可欠と結ばれました。
参加者との質疑応答では、「そもそも北海道新幹線の札幌延伸についてどうお考えか?」、「並行在来線の函館-長万部間を残すアイデアはないか?」といった質問が出されました。札幌延伸については、東京-博多間が航空機のシェアが圧倒的で、東京-札幌間も同様に、利用が多いのは函館-札幌間などではないか。また、函館-長万部間については廃止すると貨物はどうなってしまうのか、道外に輸送する大動脈であり北海道の理論だけで考えるのは良くない、欧州は日本と異なり赤字・黒字だけではなく公共性によって判断しており、「採算性だけで判断するのは非常に危険」と述べられました。(文:松本公洋)
〇原武史(はらたけし)氏 プロフィール
1962年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。東京大学大学院博士課程中退。山梨学院大学、明治学院大学を経て、現在は放送大学教授、明治学院大学名誉教授。専門は日本政治思想史。『「民都」大阪対「帝都」東京』(講談社)でサントリー学芸賞、『大正天皇』(朝日新聞社)で毎日出版文化賞、『滝山コミューン一九七四』(講談社)で講談社ノンフイクション賞、『昭和天皇』で司馬遼太郎賞をそれぞれ受賞。ほかに『〈出雲)という思想』、『可視化された帝国』、『皇居前広場』、『団地の空間政治学』、『レッドアローとスターハウス』、『皇后考』、『「昭和天皇実録」を読む』、『平成の終焉』、『(女帝)の日本史』、『地形の思想史』、『「線」の思考』、『一日―考日本の政治』、『歴史のダイヤグラム』など著書多数。